島根に帰ってきたなあ、と思ったのは自転車の上でした。
引っ越しの日でも実家に帰ったとかでもなく、自転車。ロードバイクとかじゃないですよ。「自転車 26インチ シティサイクル ママチャリ 低床フレーム 両立スタンド カゴ」とかでECサイトで売ってるやつです。漕いでいたら風の匂いがして、あ、これしってる、と思ったんですね。中学の帰り道でした。どうしようもなくダサくて愛らしいデカヘルメットで頭が蒸れて、落書きだらけのトンネルを抜けたあの道を思い出したのは、宍道湖を挟んだ真反対側でした。匂いって思い出を連れて突然入場してくる感じありますよね。受付窓口があったらいいんですけどね。
いまは、学生時代、部活の練習試合でいった、外国ほど遠かったあの学校の近くに住んでいます。じわじわと、指示連体詞が「あの」から「この」へ変わっていっています。
Uターンで戻ろうと決めた決定的な瞬間は、とくにないです。ただ、ある日ふと「人がいっぱいいるな」と気づいた日のことは覚えてます。いや、前からいっぱいいたんですけど。気づいてしまってからは、毎日なにかが薄まっていくような感じがありました。なんなのかはいまだにわかっていませんが。

株式会社テクノプロジェクトの神庭です。
製造業で組み込みソフトウェア開発に長く携わり、その後テクノプロジェクトへ転職しました。入社後は受託開発案件を中心に経験を積み、現在は事業開発部門で「何をつくるべきか」を考える仕事に取り組んでいます。
当社の魅力の一つは、40年以上にわたって培ってきた歴史と、多様な人材が集まっていることです。山陰有数の規模のエンジニアが在籍しており、ヘルスケアや官公庁をはじめとする幅広いドメインの開発に携わっています。それぞれの分野に精通したエンジニアと協働し、多様な知見を吸収しながらチームで開発に取り組める環境があります。いろんな人がいます。つまり、自分の知らない部分に触れる機会が増える、ということでもあります。
テクノプロジェクトへ転職した2023年は、ChatGPTをはじめとする生成AIが大きく躍進した転換期でもありました。振り返ると、AIの進化は転職を考えるきっかけの一つだったのかもしれません。コーディングや知識へのアクセスそのものがAIによって急速に安価になる一方で、これからは経験の幅や、異なる分野との接点、人との関係性から生まれる価値が、相対的に高価になると、たぶん、感じていました。
自分自身の余地を広げたい、と思っていました。そのために、生まれ育った土地で自分の過去とも接続することで、他者ともつながる中で、自分でもまだ気づいていない部分に出会えるのではないか。そんな期待もあったのだと思います。その場として選んだのが、テクノプロジェクトでした。
特段、小中高の思い出にすがっているわけではありません。ただ、「そういえば自分ってこうだったな」と感じる接点を増やしていけば、いまの自分の役割も見えてくるのではないか。そんな漠然とした思いがありました。そして、それは間違っていなかったなと、いまも思っています。「自分だけの違いが活きるほうに自分を置く」ということが必要だと直感的に感じていたのかもしれません。過去から受け取るものって案外結構いっぱいあります。

出勤前、ドアを開けるとまず緑の匂いがするんですよね。ひらけた駐輪場でも暑いなー、みたいな朝に感じているこれも、またあとから、いつか遅れて届くのかもしれないなあと思いながら、信号が青になったのでペダルを踏みます。

松江市出身。ホワイトボードで箱と線をいっぱい書くのが好きです。
温泉入ってサウナも入って漫画を読んでお笑いをみるといい感じです。

