では、その変化はプログラミング言語そのものにも及ぶのでしょうか。
Rubyを生み出したまつもとゆきひろ氏は、「大きな時代の変化は、新しいプログラミング言語を生み出してきた」と語ります。
AIという大きな転換点を迎えた今、次の時代を代表するプログラミング言語が誕生する可能性はあるのでしょうか。
>> 第1回の記事は以下からご覧いただけます。
AIは「新人」から「開発パートナー」へ。AI時代、人間の役割はどこに残るのか
>> 第2回の記事は以下からご覧いただけます。
コードを書く時代から、「何を作るか」を考える時代へ。AI時代の若手エンジニア論
Rubyが目指してきたものは、AI時代でも変わらない
生成AIがコードを書く時代になっても、Rubyの思想は変わらないのでしょうか。
「変わらないと思います。」
まつもと氏は、そう答えます。
Rubyは、「プログラマーが幸せになれる言語」を目指して設計されました。
ここでいう「幸せ」とは、単にコードを書くことを楽にすることではありません。
煩雑な記述や余計な手間を減らし、ソフトウェア開発のもっとも創造的な部分へ集中できること――それがRubyの目指してきた価値です。
AIが実装の多くを担うようになれば、人間がコードを書く時間は減るかもしれません。
しかし、
「何を作るのか」
「どんな価値を届けるのか」
という創造的な仕事は、これまで以上に重要になります。
だからこそ、Rubyが大切にしてきた思想は、AI時代になっても色あせるものではないと考えています。
AIにとっても「扱いやすい言語」という研究結果も
まつもと氏は、AIによるコード生成について興味深い研究にも触れました。
近年は、生成AIがプログラミング言語ごとにどのような性能を発揮するかを比較する研究が行われています。
例えば、2025年に公開された研究「EffiBench-X」では、複数の大規模言語モデル(LLM)を対象に、プログラミング言語ごとのコード生成効率を比較しています。その中では、RubyやPython、JavaScriptといった言語では比較的効率よくコードを生成できる一方、高度な型システムを持つ言語では、型情報の扱いなどにより効率が下がる傾向が報告されています。
まつもと氏は、このような研究結果を紹介しながら、「人間にとって読みやすく、書きやすいよう設計された言語は、結果としてAIにとっても扱いやすい可能性がある」と話します。
もちろん、用途や評価方法によって結果は異なる可能性はあります。
それでも、Rubyが長年追求してきた「読みやすさ」や「書きやすさ」という設計思想は、AI時代においても一つの強みになり得るのではないか――そんな可能性を示す話として紹介されました。
バイブコーディングで問われるのは、「コードを書く力」ではない
最近は、AIとの対話だけでソフトウェアを作る「バイブコーディング」も話題になっています。
まつもと氏は、その本質を考える上で「テトリス」の例を挙げます。
AIに「JavaScriptでテトリスを作ってください」と依頼すれば、短時間で動くものが完成します。
しかし、それはソフトウェア開発の本質ではありません。
なぜなら、テトリスというゲームはすでに存在しているからです。
本当に価値があるのは、
「もっと遊びやすいテトリス」
「誰も見たことがない新しいゲーム」
「今あるサービスをもっと便利にする仕組み」
など、新しい価値を考え、それを形にすることです。
AIは実装を助けてくれます。
しかし、「何を作れば人に喜んでもらえるのかを考えることは、人間の役割です。」
AI時代だからこそ、エンジニアに求められる能力は「コードを書くこと」から、「価値を創造すること」へと移り始めています。
新しいプログラミング言語は、まだ生まれるのか
IT WORKS@島根のユーザーから、「Rubyのように世界中で使われる新しいプログラミング言語は、これからも生まれるのでしょうか」という質問が寄せられました。
まつもと氏は、この問いには二つの視点があると話します。
一つは、
「技術的に作れるか」
もう一つは、
「世界中に広がるか」
です。
AIの登場によって、プログラミング言語そのものを開発する技術的なハードルは、以前より大きく下がりました。
生成AIを活用すれば、新しい言語や処理系を試作することも以前より容易になります。
一方で、それを世界中の開発者に使ってもらうことは、むしろ以前より難しくなっています。
現在は成熟したプログラミング言語が数多く存在し、多くの企業や開発者が既存のエコシステムの上で開発を続けています。
新しい言語が広く普及するためには、
「なぜ今までの言語ではなく、この言語を使うべきなのか」
という理由を、多くの人に納得してもらわなければなりません。
そこでは技術だけではなく、
コミュニティ、
情報発信、
ドキュメント、
教育、
そして「使いたい」と思わせる魅力が欠かせません。
つまり、
「作ること」はAIによって簡単になり、「広げること」はコミュニティの力がこれまで以上に重要になった。
それが、まつもと氏の見方です。
技術だけでは、Rubyはここまで広がらなかった

Ruby biz Grand prixなどRubyに関連するイベントが開催されている
Rubyが世界中で使われるようになった理由は、技術だけではないのでしょうか。
まつもと氏は、コミュニティの存在を挙げます。
優れたプログラミング言語を作ることは重要です。
しかし、それだけでは世界中に広がることはありません。
使い方を伝える人がいる。
ライブラリを作る人がいる。
勉強会を開く人がいる。
初心者の質問に答える人がいる。
そうしたコミュニティ全体の活動があって初めて、一つの言語は育っていきます。
だからこそ、新しいプログラミング言語が生まれる可能性を語る場面でも、まつもと氏は「コミュニティ」の重要性を繰り返し強調していました。
技術は、人と人とのつながりによって育っていく。
Rubyの歴史そのものが、それを証明しているようでした。
AIという大きな波が、次の時代を生むかもしれない

まつもと氏は、プログラミング言語の歴史には一定の共通点があるとも語ります。
Webという新しい時代の到来とともにRubyやJavaが広まりました。
クラウドや大規模サービスの普及に合わせて、GoやRustが登場しました。
振り返れば、大きな技術革新の波が訪れるたびに、その時代に適した新しいプログラミング言語が生まれてきたのです。
そう考えると、生成AIという現在の大きな変化も、新しい言語が誕生する土壌になる可能性があります。
もっとも、「AI時代に最適なプログラミング言語」が何であるかは、まだ誰にも分かりません。
「もし、その答えを最初に見つけた人がいたら、その人が次の時代を代表するプログラミング言語を生み出すことになるでしょう。」
AI時代は、既存の技術を活用するだけの時代ではありません。
次の時代の技術そのものを生み出すチャンスでもある――まつもと氏の言葉は、そんな未来への期待を感じさせるものでした。
最終回では、「Programmer Happiness」というRubyの思想を通して、コミュニティの価値や、AI時代でも変わらない”創る楽しさ”について伺います。
